2026年5月、明治座にて、
ミュージカル『アイ・ラブ・坊っちゃん』を観劇してきたかてこさん。
主演は、夏目漱石役の井上芳雄さん。
そして、漱石が書き始める小説『坊っちゃん』の主人公・坊っちゃんを、三浦宏規さんが演じます。
本作は、夏目漱石の現実世界と、
漱石が筆を進める小説『坊っちゃん』の世界が、舞台上で重なり合っていくミュージカル。
文学作品そのものをそのまま舞台化するというより、
「夏目漱石が、なぜ『坊っちゃん』を書いたのか」
「その物語を書くことで、漱石自身が何を取り戻していったのか」
という視点から描かれる作品でした。
今回のミュージカル『アイ・ラブ・坊っちゃん』、
どんな舞台体験になったのか、早速かてこさんに聞いてみました。

(2026年かてこさん撮影:明治座らしいのぼり旗がお出迎え)
夏目漱石の現実と、『坊っちゃん』の世界が同時に進んでいく舞台
この舞台で印象的だったのは、
夏目漱石の現実世界と、漱石が書いている『坊っちゃん』の世界が、同時に進んでいく構成です。
かてこさんの印象では、
舞台の右側では、夏目漱石が実際に生きている現実世界。
そして左側では、
漱石が書き始めた『坊っちゃん』の物語世界が展開していくように見えたそうです。
漱石の現実世界では、
妻・鏡子とのやり取りや、家族との関係、心の不安定さが描かれます。
一方、『坊っちゃん』の世界では、
曲がったことが嫌いな坊っちゃんが、学校という組織の中で理不尽な出来事にぶつかっていきます。
現実と小説。
作者と登場人物。
書いている側と、書かれている側。
そのふたつが行き来することで、
単なる『坊っちゃん』の舞台化ではなく、
夏目漱石自身の内面をのぞき込むような作品になっていました。

(参照元:公式サイトより)
坊っちゃんと山嵐に重なる、漱石の思い
『坊っちゃん』の世界では、
坊っちゃんと赴任先の中学校で出会う、小林 唯さん演じる
数学教師の山嵐の関係性が大きな軸になっています。
坊っちゃんは、正義感が強く、まっすぐな人物。
一方、山嵐は、坊っちゃんの親友のような存在として描かれます。
この山嵐という存在に、夏目漱石の亡き親友・正岡子規の面影が
重なっているような印象を受けます。
漱石は、現実では叶えられなかった思いや、
もう会うことのできない友への感情を、
小説の中の坊っちゃんや山嵐に託しているようにも見えました。
だからこそ、この作品の『坊っちゃん』は、
ただの痛快な正義の物語というより、
漱石が自分の心を整理していくための物語にも感じられます。
書くことで、誰かを思い出す。
書くことで、自分の苦しさと向き合う。
書くことで、もう一度前に進もうとする。
そんな“創作する人の物語”として観ると、
この作品の見え方が少し変わってくる舞台でした。
時代を反映した決着の仕方
『坊っちゃん』の物語の中では、
松尾貴史さん演じる教頭の赤シャツの存在も大きく描かれます。
赤シャツは、マドンナに思いを寄せながら、
その婚約者である英語教師の”うらなり”を転任させてしまう人物。
坊っちゃんと山嵐は、
その理不尽な状況をどうにかしようとしますが、
簡単にはうまくいきません。
さらに、赤シャツにはマドンナ以外にも女性の影があり、
坊っちゃんたちは、その尻尾をつかもうとしていきます。
最終的には、
悪を完全に叩きのめすのではなく、
本人に恥をかかせ、反省を促します。
社会的に失墜させるような、
はっきりとした現代的な意味での“成敗”ではありません。
終盤の決着には、少し物足りなさも残ったかてこさん。
ただ、そこには、
今の感覚とは少し違う、昔ならではの決着のつけ方だったようにも感じます。
井上芳雄さん主演作として観ると、歌唱パートは控えめ
主演は、夏目漱石役の井上芳雄さん。
井上芳雄さん主演のミュージカルということで、
歌唱面への期待を持って劇場に向かう方も多いかもしれません。
ただ、かてこさんの印象では、
井上芳雄さんの歌唱パートは、思っていたよりも少なめ。
もちろん、漱石という役柄上、
感情を大きく歌い上げるというより、
苦悩や葛藤を内側に抱えながら演じる場面が多い作品です。
そのため、華やかなミュージカルナンバーで魅せるというより、
漱石の不安定さ、苛立ち、創作に向かう心の揺れを、
芝居としてじっくり見せる作品だったように感じます。
井上芳雄さんの歌をたっぷり聴きたい、
という期待で観ると、少し意外に感じるかもしれません。
一方で、
“文豪・夏目漱石が、物語を書くことで自分を取り戻していく姿”を観る作品として向き合うと、
役柄としての説得力が見えてくる舞台でもありました。

(2026年かてこさん撮影:明治座にて、横に拡がりがある劇場です。)
『坊っちゃん』を知っていると、より楽しめる作品
本作は、『坊っちゃん』をまったく知らなくても観られる作品ではあります。
ただ、やはり原作の登場人物や関係性を少し知っていると、
より楽しみやすい舞台だと思います。
坊っちゃん。
山嵐。
赤シャツ。
うらなり。
マドンナ。
清。
名前だけでも聞いたことがある登場人物たちが、
漱石の現実世界と重なりながら舞台上に現れていく。
その構造を追っていくことで、
「この人物は、漱石にとって何を象徴しているのだろう」
「この場面は、漱石のどんな感情とつながっているのだろう」
と考えながら観ることができます。
単純な勧善懲悪の物語として観るよりも、
漱石の心の中に生まれた“もうひとつの世界”として観ると、
作品の味わいが深くなるのではないでしょうか。
派手なカタルシスより、漱石の心をたどるミュージカル
ミュージカル『アイ・ラブ・坊っちゃん』は、
明治座という大きな劇場で上演される華やかな作品でありながら、
内容としては、夏目漱石の内面に寄り添う物語でもありました。
『坊っちゃん』の世界が舞台上で動き出す楽しさ。
漱石と正岡子規の関係を思わせる、坊っちゃんと山嵐のつながり。
現実と小説世界が行き来する構成の面白さ。
一方で、
終盤の決着や、井上芳雄さん主演作としての歌唱量には、
人によって少し物足りなさを感じる部分もあるかもしれません。
けれど、
「夏目漱石が『坊っちゃん』を書くことで、何を見つめ直していたのか」
という視点で観ると、
この作品は、文学と創作と人生が重なる舞台として楽しめる一作です。
派手なカタルシスを求めるというより、
漱石の心の動きと、物語が生まれていく過程をじっくり味わうミュージカル。
そんな印象が残る、
ミュージカル『アイ・ラブ・坊っちゃん』でした。
ステージに立つ人、その世界を創り上げるすべての人に、心から拍手を。
(Coffee break…)
次のページをめくる前に、温かい一杯を。
関連作品
ミュージカル『アイ・ラブ・坊っちゃん』を観たあとに、改めて原作『坊っちゃん』を読んでみるのもおすすめです。
舞台では、夏目漱石が『坊っちゃん』を書き上げていく過程と、坊っちゃんの物語世界が重なるように描かれていました。
原作を読むと、坊っちゃんのまっすぐさ、山嵐との関係、赤シャツやうらなり、マドンナ、清といった登場人物たちの立ち位置がよりわかりやすくなります。
舞台で描かれた“漱石の心の中に生まれた物語”を、原作小説としてもう一度味わってみたい方は、ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
舞台ファイル:ミュージカル『アイ・ラブ・坊っちゃん』
今回、かてこさんが観劇した公演概要は以下の通りです。
【公演名】ミュージカル『アイ・ラブ・坊っちゃん』
【公演期間】2026年5月1日 ~ 2026年5月31日
【会場】明治座
【演出】G2
【音楽監督・編曲】YUHKI
【製作】東宝
【キャスト】
漱石役:井上芳雄
坊っちゃん役:三浦宏規
山嵐役:小林 唯
登世役:彩 みちる
赤シャツ役:松尾貴史
清役:春風ひとみ
鏡子役:土居裕子
関連記事
この舞台の記録も、
“舞台ファイル”のひとつにすぎません。
年間100公演以上を16年間継続しているかてこさん。
チケットの山とともに積み重なってきた観劇の記録が、
いまの「かてこさんの舞台帖」を形づくっています。
その原点と歩みは、こちらから辿ることができます。
年間100公演赴くかてこさん ~観劇ド素人が紐解く“舞台”の世界・序章~
16年分(記事投稿時)のチケットを並べて見えてきた、
かてこさんの観劇の歩み。
どんな作品を観て、どんな時期があって、
どうやって「年間100公演」という今に辿り着いたのか。
チケットの山が語る、かてこさん17年の“舞台”歴 〜年間100公演、その歩みを紐解く〜
年間100公演という歩みの中で、
かてこさんなりの“観劇スタイル”も少しずつ育ってきました。
観劇の日、その余韻をどう持ち帰るか。
そのひとつの答えを綴った記事はこちらです。
舞台は、一期一会。
同じ公演は、二度とありません。
だからこそ――
「観たい」という気持ちを、最後まであきらめない方法もあります。
チケットを“譲る人”と“譲ってもらう人”でつながる、
もうひとつの観劇のかたちについてまとめました。
チケットを“譲る・譲ってもらう”ってどうするの?~はじめての“リセール文化”入門編~
同じ舞台でも、
どこで観るかによって、まったく違う作品に見えることがあります。
前方・後方・上手・下手――
席によって変わる舞台の見え方については、こちらにまとめています。